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東京地方裁判所 昭和60年(特わ)1787号 判決 1985年10月25日

本籍

東京都江戸川区大杉一丁目四〇二番地

住居

東京都江戸川区大杉一丁目六番一二号

農業

関口安弘

昭和一〇年九月二七日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官櫻井浩出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金二、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都江戸川区大杉一丁目六番一二号において農業を営んでいたところ、実父米吉が昭和五八年七月一五日に死亡したことにより同人の財産を他の相続人と共同相続した者であるが、分離前の相被告人廣納俊治及び同今川忠雄と共謀の上、架空債務を計上して課税価格を減少させる方法により被告人の相続税を免れようと企て、昭和五九年一月一七日、同都江戸川区平井一丁目一六番一一号所在の所轄江戸川税務署において、同税務署長に対し、被相続人関口米吉の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は七億一一五三万五〇〇〇円で、このうち被告人分の正規の課税価格は四億七〇三万九〇〇〇円であった(別紙(一)相続財産の内訳((総額分))((関口安弘分))及び別紙(二)税額計算書参照)のにかかわらず、右米吉には前記今川に対して借入金二億八〇〇〇万円とその利息分一億六八〇〇万円を加えた合計四億四八〇〇万円の債務があり、右債務の連帯債務者である武商工業株式会社には右債務の弁済能力がないため右米吉の相続人である被告人らにおいて負担すべきこととなったので、取得財産の価額からこれを控除すると相続人全員分の相続税課税価格は二億七一九三万円で、被告人分の課税価格は一億五〇九〇万七〇〇〇円となり、これに対する被告人の相続税額は四七一五万五六〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告人の正規の相続税額一億五七一一万五六〇〇円と右申告税額との差額一億九九六万円(別紙(二)税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書二通

一  分離前の相被告人廣納俊治及び同今川忠雄の当公判廷における各供述

一  廣納俊治(二通)、今川忠雄、高村昭二、須藤英明(二通)、間島恒平、関口徳治、関口常雄、鈴木節子、佐野房子、関口明子、関口よし江及び小林陽二の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  土地家屋調査書

2  生前贈与額調査書

3  連帯債務調査書

4  預り金調査書

一  押収してある相続税の申告書(控)一綴(昭和六〇年押第九六二号の1)

(法令の適用)

一  罰条

刑法六〇条、相続税法六八条一、二項

二  刑種の選択

懲役刑及び罰金刑の併科

三  労役場留置

刑法一八条

四  刑の執行猶予

刑法二五条一項

(量刑の事情)

本件は、実父の財産を共同相続し、その大部分を取得することとなった被告人が、職業的脱税請負グループの一員である共犯者廣納俊治らの誘いに乗り、同人らと共謀のうえ、架空の保証債務を計上するなどして相続税一億九九六万円をほ脱した事案であって、ほ脱額が高額であり、ほ脱率も六九・九八パーセントと高く、犯行の態様をみても、税務調査に備えて金銭消費貸借契約書等をねつ造し、同和団体の圧力を背景に税務署に相続税の申告手続を行うなど巧妙かつ悪質であり、犯情も甚だ悪質である。もっとも、本件脱税をもちかけ、その方法を考え、書類の作成・申告手続等脱税工作の実際を担い、犯行を主導したのは共犯者の廣納らであり、本件の大半の責任が同人らにあるとしても、納税の当事者は被告人であって、被告人の関与、承諾なくしては本件は成り立ち得ず、納めるべき税金を少なくせんがために右廣納らの誘いに安易に乗り、同人と共謀して本件に及んだ被告人の責任も又軽くないといわなければならない。

なお弁護人は、本件共謀成立の経緯に関し、被告人は、当初、間島恒平らから合法的に相続税を安くできるといわれてこれを信用し、同人に相続税の申告手続を依頼していたが、申告期限の直前である昭和五九年一月一四日に至り、はじめて廣納から本件架空債務の計上による申告手続をとることを知らされ、これを断りきれないまま、廣納に本件申告手続を依頼したものである旨主張するが、関係各証拠を総合すれば、被告人は、同五八年一二月二〇日すぎころ、仲介者の間島が持ってきた話を依頼するためにはどういう委任状を出せばよいのかを、田島区議を介して聞き出し、その際、申告手続の代理人の氏名は「広納俊治」となっていたこと、そして、被告人は、相続税の申告手続はその時まで任せていた小林税理士ではなく、間島の方に依頼するとして、同月末ころ、同税理士側から受け取った同税理士の第三次案等の関係書類に加えて、本件申告手続の委任状を渡したものであること、右委任の内容は、少なくとも被告人と間島との間では、近い将来に生ずる土地売却による譲渡所得税の申告手続も面倒を見るということで、相続税の正規の税額の七〇パーセントの報酬で依頼していること、被告人は、すでに依頼していた小林税理士の第三次案でも、相続税額は二億八一〇七万円となり、特例農地による方法によって申告しても約二億一〇〇〇万円になることを認識していたこと、また、被告人は同五九年一月一三日ころには右小林税理士から同税理士の計算より安くするためには架空債務の計上しか方法がないと告げられていること等が認められ、以上の事実を総合すれば、被告人は、架空債務の計上という不正行為の具体的な手段の認識まではなかったにせよ、昭和五八年一二月末には、なんらかの不正手段によることを少なくとも未必的に認識・認容しつつ、廣納に相続税の申告手続を依頼したものであり、その後同五九年一月一四日に廣納から本件架空債務の計上という具体的な不正手段を示され、その内容を認識してこれを承諾したと認めるのが相当であり、右認定に反する被告人の当公判廷における供述は、他の関係各証拠に照らし、にわかに措信できないから、弁護人の右主張は採用できない。

しかしながら他方、被告人が本件申告手続を廣納に依頼するに至った動機は、当初、紹介料欲しさから廣納らを紹介した不動産業者らが合法的な節税であると誤信させたことにあり、被告人はその後脱税目的で廣納らと共謀のうえ本件に及んだものの、その経緯に徴すると被告人は本件犯行において共犯者の廣納らと比べて従属的立場にあり、同人らの手数料稼ぎに利用された面も存すること、被告人は、本件を反省し、修正申告のうえ、担保を提供して延納許可の申請を行い、他の相続人の協力も得ながら税金を完納する旨決意を表明していること、この表われの一つとして、生計の手段となっていた土地の一部を売却してその代金を納税に充当し、ほかにも所有不動産を売却する予定であること、被告人にはこれまで前科前歴がなく、真面目に働いてきたこと等、被告人に有利に勘案すべき事情も認められるので、これらの諸点を総合考慮して、被告人に対し、懲役刑につきその執行を猶予することとし、なお、前記売却した土地及び今後売却して納税にあてられる土地が、従前被告人の生計の手段であったとの事情に鑑み、主文のとおり罰金額を量定した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役一年及び罰金三五〇〇万円)

(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 田尾健二郎 裁判官 鈴木浩美)

別紙(一)

相続財産の内訳

総額分

昭和58年7月15日

<省略>

相続財産の内訳

関口安弘分

昭和58年7月15日

<省略>

別紙(二)

税額計算書

<省略>

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